2019年12月15日日曜日

詩の旅日記④(宮城編)

さてさて 
旅日記の途中ですが 
新たな動画が公開されましたので 
今日はまずお知らせをばっ 

”最近ポエトリーリーディングを始めて活躍中の詩人の質問を 
 20年前にブームと呼ばれた時代を体験した詩人が答えてみた” 
好評シリーズ第3弾でございます 



12人からの質問のうち今回は 
向坂くじらさん 
もりさん 
川方祥大さんの 
問い掛けに答えておりますので 
ぜひぜひご覧あれ! 


【時代が変われば詩人も変わる? ポエトリー温故知新(3)】 
https://youtu.be/J0aJNa9imTw 




* 



それではあらためまして 
”詩の旅日記”はじまりはじまり~ 



11/5(火) 
【夫婦幸福ライヴ in 花座】 

前回日記の札幌から一旦東京へ戻り、原稿やら、営業やら、上記の動画の撮影やら、やらやら忙しくさせてもらっているうちに、やってきました杜の都・仙台。 
今回の旅は一人ではなく、妻の講談師・神田京子と、三歳になる息子のあっくんとの、親子三人旅。 
東北新幹線で大ハッスルするあっくんにヘロヘロにされながら(育児あるある)、なんとか辿り着いたのは、今年三月以来の、東北地方唯一の常設寄席「魅知国定席 花座」。そのときも一家でおじゃましたので、スタッフの皆さんもあっくんとの再会を楽しみにしてくれていて、本人も大喜び。 
前回は朝晩二回の寄席時間の通常公演を二日間務めさせていただきましたが、今回は夜興行。高座に出ていったら、かなりディープなことが求められている気がしたので、演芸場であることを敢えて度外視した激しめの詩をやりました。それでもしっかりついてきてくれるお客さんのおかげで、他のどこでもできない、花座という時空だからこそできた、そんな詩を生み出せました。お後の京子も、「清水次郎長伝」を、ガッツリパンパン熱演でキめておりました。 
京子の出番のとき、楽屋であっくんの相手をしていたら、「ボクも出る!」と言い出して、詩集を手に朗読するオイラのモノマネを始めたので、これは面白そうだと思い、エンディングで高座に上げることにしました。もちろん、まだ字が読めないので、高座に一人で立たせて、オイラが袖から声を当てるという、遠隔腹話術のような親子ポエトリーリーディングをかまして、この夜は幕。 
世にも不思議な家族ライヴを楽しみながら、いっしょにつくってくださったツワモノなお客様にあらためて感謝を申し上げます。ありがとうございました! 
終演後、席亭の白津さんが、若い頃から何十年と通っているという、仙台でもっとも歴史のある老舗ジャズバー「KABO」へ連れて行ってくれました。雰囲気のありまくるグッとくる空間で、気さくなママさんの手作りの激ウマ・ビーフシチューに舌鼓を打っているうちに、だんだんと興に乗ってしまい、気が付いたら一発、詩をカマしてしまいました。いや、なんていうか、詩を詠まずにはいられない空間だったのですよ、KABOってところは。超大物ミュージシャンがフラリと立ち寄って演奏することもあるのが頷ける、そそられる人生アドリブなノリがあふるる素敵なお店でした。 
”親が親なら、子も子だぜ”というワケで、オイラのリーディングのあとは、白津さんとあっくんによる即興ピアノライヴがスタート☆いや、これが結構リズムが合ってたりして、適当に弾いてる割に、なかなか聴き応えのある展開に。相当なジャズ通である白津さんも唸っていたのでした。将来はピアニストかな…って、親バカですね。ハイ。失礼しました。 
とにかく今夜はぜんぶ最後を息子に持って行かれた、そんな夜でした。宿に着いてから「おもしろかったね!」と話しかけたら、もう爆睡しているあっくんなのでした。 



11/6(水) 
【夫婦幸福ライヴ in つばめの杜西集会所】 

仙台から一時間ほど、在来線に揺られてやってきたのは、東日本大震災発生以来、五度目となる山元町。 
駅につくと、山元町でのこれまでのステージ25本すべてをコーディネイトしてくださった”最強のステージママ”こと、大河原在住の橋本鮎子さんが笑顔で出迎えてくれました。再会を喜び合いつつ、車で今日の会場となる復興住宅内の施設「つばめの杜西集会所」へ。 
おお、前回三年前に来たときは、まだ入居された方が暮らしはじめてそれほど時間が経っていなかったため、人の匂いがあんまりしなかったけど、もうすっかり人と人がそこにいる血の通ったあたたかい空間になっている!人間が生きつづけることの尊さをフッと感じました。 
ちなみに前回は京子が出産間際だったので、詩人の大島健夫さんと津軽三味線奏者の星野通映さんとここでライヴをしたのですが、そのときに「次は生まれた子どもを連れてくるからね!」と皆さんと約束していたので、その念願が叶った形となりました。 
ライヴ自体は、これまでの山元町でのパフォーマンス同様、”ここはラテンか”とツッコミたくなるくらい客席がノリノリの展開に。詩を詠みながら、京子の講談を聴きながら、そしてはじめて会うあっくんを抱きしめてくれる皆さんを眺めながら、「ああ、山元町に帰ってきたなあ」と実感して、生命がウキウキしました。 
ラストに、オイラと京子のライヴ会場に置かせてもらっている災害被災地へのライヴ活動支援金箱に志を託してくださった、日本全国の心あるたくさんのお客さまのおかげでここに来られたことを話したら、「ウチらはもう大丈夫だから、こちらこそ寄付したい。困っている人たちのところへ行ってあげて!その支援金箱はどこにあるの?」と、口々に手を上げてくださって、たくさんの志を託していただきました。 
人のおもいが連鎖するのは悪意だけではないことを、まざまざと目の当たりにさせてもらって、”人のおもいを届ける”という自分たちがやっていることの重大さを、あらためて教えていただいた気がしました。 
終演後は、料理の仕事をされている入居者の方が作ってくださった、昔なつかしの昭和の味のするカレーライスを、ボランティアスタッフとして駆けつけてくださった方たちも含め、みんなでたらふくいただきました。ごちそうさまでした。あ~、うまかった! 
帰りの車中で、「おいしかったね?」とあっくんに話しかけたら、あらら、なんだか元気がない。身体を触ってみたら、眠いときとはちがう熱さが。もしかしてハッスルしすぎてフィーバー?はてさて、明日はどうなることやら… 



11/7(木) 
【夫婦幸福ライヴ in ひまわり倶楽部】 
【夫婦幸福ライヴ in 工房地球村】 

今日は午前/午後の2ステージ。あっくんはやはり風邪をひいたようで、熱もあってグッタリ。楽屋でゆっくり休んでもらいながら、父ちゃん母ちゃんはにゃんばるからね!!! 
まず午前中におじゃましたのは地域の皆さんが交流するデイサービス施設「ひまわり倶楽部」。送迎などの関係もあって、曜日によって集まるメンバーが異なるようで、三年前に来たときとはまたちがった”はじめまして”な皆さんの前でライヴを披露。当たり前だけど、まだまだ会ったことのない山元町の人がたくさんいらっしゃることを実感しました。 
施設の壁には三年前のオイラと大島さんと星野さんのサイン色紙が飾ってあるけど、お客さんは初対面の方ばかりというシチュエーションが、なんだか不思議で新鮮で、午前中という時間帯も相俟って、これまでにない感覚を己のインナーに感じながらのパフォーマンスとなりました。一方の京子にとっては初めて訪れる会場となるので、グイグイ講釈を放っておりました。そのお客さんとオイラと京子の微妙なズレが、ここでのライヴの絶妙なスパイスになっていた気がします。 
終演後、みなさんとお茶を飲みながら談笑したひとときには、あっくんも病みながらもすこし笑顔になってくれて、ホッと一安心。 

午後は山元町での全五回のツアーすべてでおジャマしてきた「工房 地球村」。 
おいしいコーヒーが飲めるカフェと、障がいのある方がアート活動や、山元町産のイチゴを使ったジャムや焼き菓子の製造、山元町ブランドの雑貨の制作、そしてそれぞれの販売を行っている作業所のあるところ。 
ここではなつかしい顔がワンサカで、「おかえり!」「また来てくれたんだね」なんて声を掛けてもらえて、ほっこりしちゃいます。そんなみんなに囲まれてのライヴなので、パフォーマンス中でもどんどんツッコミやリアクションを入れてくる(笑)。でも、それがとても心地よくて、みんなでつくっているライヴ感がすごく出ていたとおもいます。そして、詩や講談のここぞという聴きどころでは、とんでもない集中力でその世界に入り込んでくれるので、ほんとうにやりがいのあるお客さまたちです。 
また、このライヴは施設や地域の関係者以外の入場もオッケーでしたので、お子様連れの方などがチラホラ来てくださっていて、そのことも今日のステージが、ことさらあたたかい、自由な愛のあふれたものになった大切な理由のひとつであった気がします。 

「また来てね~♡」といつまでも手を振って見送ってくれた施設のみんなの笑顔を胸に、車中から見た隣の敷地の町民グランド。ここにはかつて大きな仮設住宅があり、たくさんの方が暮らされていました。オイラや京子も何度かライヴをやらせてもらいました。いろんな人の笑顔や涙と出会いました。 
その場所が、今はプレハブの住宅もすべて撤去されて、本来のグランドの姿に戻っていました。その光景を目にするにつけ、また前日のつばめの杜西集会所の皆さんが託してくださった志に込められたおもいを考えるにつけ、今、この町との向き合い方を見つめ直す時期に来ているのかなと感じました。 
震災があった事実はなくならないけど、山元町はいつまでも被災地じゃない。震災が縁で出会った山元町の皆さんとは、これからも交流を持たせてもらいたいと思っておりますが、ここからは活動支援金を使用する形ではない訪れ方をしていこうかなとおもっています。 
今年もたくさんの自然災害が各地で起こりました。山元町の近くの丸森町も甚大な被害が出ました。山元町の皆さんの前でつくり上げてきた詩と芸を持って、いろんな場所へこれから行ってきます。あのときの皆さんのように、しんどい状況をなんとか前向きに乗り越えようとしている人の住む町や村へ。そして、そこで教えてもらったこと、気づかせてもらったことを、また、お伝えしに帰って来ますね。どうか、これからもよろしくお願いいたします。 
あらためて、この三日間の宮城での詩と芸の旅で関わってくださったすべての皆様と、活動支援金箱へおもいを託してくださったすべての”あなた”に、御礼を申し上げます。ほんとうにありがとうございました。 



11/8(金) 
【番外編】 

朝目覚めたら、あっくん復活!!! 
前日の地球村の帰りに地元の病院へ行ってインフルエンザとかではないことがわかってホッとはしていたのですが、もらった薬が効いたのか、今朝はすっかり元気に。さっそく声がデカすぎて、うるさ~い(笑)。ま、でも、子どもはこうじゃなくっちゃね。 
というワケで、今日は夕方に東京に戻ることにして、鮎子さんと地域のママさんたちがやっている外あそび親子サークル「やろっこひなっこ」http://yarohinakko.blog.fc2.com/blog-entry-40.html に参加しました。 
とにかく、鮎子さんのこのバイタリティはどこから出て来るんだろうといつも不思議に思ってしまいます。横浜から自転車を漕いで大河原の橋本家に嫁ぎ、しばらくしたら震災が起きて物資支援のボランティア活動をはじめ、その流れで旦那さんのやっさんと京子が友人だったことから繋がった、このご縁。オイラ主催の東日本大震災をテーマにした東京でのイベントに出演してもらったこともありました。 
三人の男の子を育てながら、自然や食への関心を入り口にして、さまざまな行動を起こし、現代という時代に、人と人、人とそれ以外の生命が、いかに豊かに、ともに生きていけるのかを模索するその姿勢は、本来の詩人の在るべき姿なんじゃないかとオイラは感じています。華奢で大人しそうな風貌からは想像もつかないパワフルさです。 
かと思えば、とんでもなく天然なところがあって、おもいっきり方向オンチで道に迷ったり、笑顔で無茶ぶりをしてきたり(この日もサークルの自己紹介タイムで、いきなり絵本の朗読を振られました!)。そのすべてが大変魅力的で、三年前のツアーで一緒だった大島さんと星野さんは、帰京したあと、しばらく鮎子ロスになったくらいです(笑) 
「やろっこひなっこ」も、そんな彼女のイズムが息づいていて、子どもも親も楽しめる、とても心地よいひとときでした。東京をまもなく離れる我が家といたしましては、参加されたママさんたちから、その土地ならではの育児に関するいろんな貴重な話を聴かせてもらったこともありがたかったなあ。そして何よりも、あっくんが大自然のなかを、他の子どもたちとうれしそうにキャッキャッと駆け回っている☆ 
その目の前の、当たり前のこの奇跡を、この宮城での三日間と重ね合わせながら、旅する我が家のライヴな日々は、まだまだつづくのでありました… 



次回は 
東京と大阪での 
詩の旅をふりかえってみます 

どうぞお楽しみに~~~ 




* 



そしてそして… 

忘れるな 
詩はいつだって 
絶望の果てからやってくる 

↓コチラも何卒よろしくにゃん↓ 



◎ご予約/全身全霊で受付中!!! 

桑原滝弥・東京生活ラストLIVE 
【また、あう詩まで】 

12/24(火)20:00~ 
東京・クロコダイル 


「かるがるしく詩人となのりなさい」 そう叫びつづけてきたわたしの、新たな旅立ちに向けての独り舞台。新旧作織り交ぜながら、ソロでたっぷりと二時間、”詩”つづけます… 
http://shijinrui.blogspot.com/2019/11/blog-post.html