2017年11月19日日曜日

生きた記憶

前回のブログで予告しました通り 
先日行った四日間五公演の 
福島県いわき市周辺でのライヴツアーを 
今日は振り返ってみたいと思います 


どのライヴ、どの創作活動もそうなのですが 
今回も心の深いところが激しく揺さぶられました 
うまくまとめられないかも知れませんが 
できるかぎり言葉にしてみたいと思いますので 
よかったらお付き合いください~ 




* 



「夫婦幸福ライヴ in ふくしま2017」を生きた記憶 

http://shijinrui.blogspot.jp/2017/10/blog-post_36.html


出演: 
桑原滝弥(詩人) 
神田京子(講談師) 
大島健夫(詩人/ゲスト) 
向坂くじら(詩人/スタッフ兼) 
滝弥&京子の息子(一歳一ヶ月) 




11/9(木)19:30~ 「こせき接骨院」 

約二年ぶりとなる福島でのライヴツアーは、営業後の接骨院のベッドを片付けての特設ステージからスタート! 
初日のこちらの会場は直前の開催決定だったので、事前の告知でも発表していなかったため客足が心配だったのですが、開演前にはほどよい混み具合。二年前にも一度オジャマしているせいか、なつかしい顔がチラホラ。いわき市内の各所から集まってくださったお客さんの前で、あたたかい雰囲気の中、ノビノビとライヴをやらせてもらいました。 
詩の言葉を自分の頭の中で、いろいろと転がしてくださっていることがうれしかったですし、京子の、会場を暗くしてロウソクの灯だけでお届けした怪談「番町皿屋敷」に聞き入っている姿に、傍観者ではなく、いっしょにライヴをつくろうとしてくれる意志が感じられて、じんわりと感動しました。 
ラストには、同所で以前に共演した、いわきを代表するフルート奏者・市島徹さんが飛び入り出演してくださって、言葉の余韻を、音楽で広げていただき、それぞれの心の中に溶け入っていったような気がします。 



11/10(金)13:30~ 「飯館村・伊達東仮設住宅 」 

ツアー二日目。いわき市から二時間ほど車で移動して辿り着いたのは、約三年ぶりとなる、飯館村のみなさんが暮らされている伊達市にある仮設住宅。 
来年三月末で入居期間が終了となるため、以前来たときよりも空き室が目立つようになっていました。それはそれで、本来ならばよいことなのですが、今尚放射能の汚染がつづくこちらの地域では問題は複雑です。子ども世代、孫世代は、放射能のこともあり別の街で生きていく選択をし、村に戻ることを決断したのは、年配の人ばかりというのが実情とのこと。 
この日の客席も、めったに子どもや孫と会えない、そんなお年寄りのみなさんが中心でした。公演後に話を伺ったら、たまに新たな環境で暮らす子どもたちの家に泊まりに行く人もいるようなのですが、そうすると一気に認知症の症状が出るのだとか。しかし、昔から見知ったみんなが暮らす仮設に帰ってくると、また正常な状態に戻るとのこと。 
何も知らない若造の自分には想像もつかない、みなさんの葛藤。子どもたちと暮らしたくても、ボケてしまうなら、汚染土を隠すための黒いシートで覆われた故郷に、同世代の仲間と帰る・・・だからでしょうか、ライヴのラストに一歳一ヶ月の息子を登場させたときの、みなさんの底抜けにうれしそうな表情が、とても印象的でした。みなさん、たくさん、たくさん、息子をあたたかくダッコしてくださいました。 
また、じっくり聴き入るような静かな詩だけでなく、楽しく笑える詩のパフォーマンスをしているときにも、それぞれのポイントで切実に受けとめてくださっていたことが忘れられません。 
この仮設住宅でのライヴは今回で最後になりますが、飯館のみなさんとは今後も何かしらの交流を持たせてもらえたらと願っております。 



11/11(土)11:00~ 「ことほぎ庵 森へゆこう」 

ツアー三日目。今日は午前/午後の二回公演。まずは、2011年からずっと交流を持たせてもらってきた”ことほぎ庵”さんが、昨年新たにデイサービスをオープンされたということで、そちらの一周年記念イベントとして、ライヴをやらせていただきました。 
利用者さんと、そのご家族、関係者の方々が集まってくださって、午前中とは思えない熱気溢れるライヴとなりました。おそらく、オーナーの川口さんご夫妻や、スタッフのみなさんが、真心の込もった、血の通ったサービスを日頃からされているのでしょう。初めて訪れた場所なのに、とても入りやすくて、ライヴもものすごくやりやすかったです。 
詩を詠みながら、みなさんのお顔を見ていて、命というものが、生きる場所によって、まったく異なる可能性を引出されるものだということを、あらためて実感させてもらいました。 
終演後は、みなさんとワイワイ楽しく懇親会。前日からスタッフさんが腕によりをかけて仕込んでくれた美味しい料理をいただきながら(オイラは特にカレーうどんにはまってしまい二杯も食べちゃった!!)、いろんなお話をしました。おもろかったな~。 
”また、来たい!”と素直に思える、飾り気のない豊かな場所でした。 



11/11(土)15:00~ 「グループホーム ことほぎ庵」 

午後からは、以前から何度も訪れている”ことほぎ庵”さんのグループホームへ。 
こちらは入所者さんが全員認知症で、ご家族のみなさんも付き添いで観ていただく形だったのですが、とにかく自然な意識で楽にパフォーマンスができました。リラックスし過ぎていくつかキッカケをまちがえちゃうくらい(共演のみなさん、ごめんなさい!) 
数年前の、いろんなライヴを振り返った日記を読んでいただくとわかるのですが、以前は認知症の方が客席に多いライヴ会場では、こちらが構え過ぎたり、うわべの表情のちがいにとまどって、なかなかよいパフォーマンスができませんでした。ところが最近はほんとうに充実した時空をいっしょにつくれるようになってきました。 
認知症の人と、そうでない人とのちがいは、自分の中では単に心のチューニングのちがい。そして認知症と呼ばれる人の心は、詩をつくっているときの自分の心の状態と、とても近いものがある気がするのです。なんていうか、感情の奥底で対話できるカンジ。 
当初は、みなさんの集中力次第では、短めのパフォーマンスでもかまわないとスタッフさんから言っていただいていたのですが、そんな訳で他の会場と同じくがっつり一時間のライヴをかまさせていただきました。 



11/12(日)14:00~ 「久之浜・大久ふれあい館」 

そんなこんなでアッという間にツアー最終日。東日本大震災では、津波の被害が甚大だった久之浜・大久地区の、新たににできた防災センター内にある、イベントスペース”ふれあい館”でのライヴ。 
五年前に、作曲家/ピアニストの谷川賢作さん、地域のみなさんといっしょに、町のうた「たしかなる風~ふるさと久之浜・大久~」「トブシルのうた」をつくった、自分にとっても大切な土地。聞けば、この二曲は現在も、小学校や街の各行事などで歌い継がれているとのこと。作者のひとりとして、こんなにも幸せなことはありません!!! 
久之浜・大久のみなさんは、とにかくノリのよい方が多く、今回もめちゃくちゃ明るいステージとなりました。かと言って、じっくり聴くポイントはすごく集中して味わってくださるので、かなり振り幅の大きな客席と言えます。 
また、東京などの他地域から観に来てくださった方もチラホラいて、そのこともオイラにとっては、すごく大切なうれしいことでした。 
終演後は地元の地域づくり協議会のみなさんが、アンコウのドブ汁、アンコウのとも和え、メヒカリの唐揚げなどといった、郷土料理をふるまってくださって、ツアーメンバー一同、舌鼓を打ちまくりました。感謝の気持ちとともに、”ああ、もっと、それぞれの心のいろんなところがイキイキするような詩をつくって帰ってくるぞ!”と、決意を新たにしたのでした。 



各ステージで、今回のツアーができたのは、全国各地のライヴ会場で”わたしの分まで行って来て”と活動支援金を託してくださったお客様のおかげであることをお伝えしました。 
みなさん、その瞬間、息を呑むような、なんとも言えない深い表情をされて、うなづかれておられました。 

尚、全公演、ラストには出演者全員で、オイラの詩「生き際について」を詠みました(息子はアクション&シャウト担当♪)。 
詩を聴いてくださっているひとりひとりの恐くなるほどの真剣な表情に、時折自由な行動に出る息子の一挙手一投足に対する神々しいまでのやさしい微笑が重なるという、なんだか究極のふたつのものが入り交じっていくような、不思議な、たしかな現実がそこにはありました。 
けっして狙ってはできないステージに身を置きながら、人間の奥深さ、言葉を他者に発することの重大さを、あらためて思い知らされました。 



また、今回各地を回らせてもらって、たくさんの新たな問題が出てきていることがわかりました。そして、ずっと先送りにされている根深い問題も。 
だから、そういった諸問題に立ち向かうおひとりおひとりの心がすこしでも、しなやかに、楽に、自由になっていただけるように、これからも詩芸を磨いてまいります。 
すべては他人事。だれかの人生を代わりに生きることはできません。ならば、もっと己を突き放して、内から出る表現を、観客や読者のみなさんに捧げていきます。 
自分ひとりではしあわせになれないから、答えが出ないから、詩人になったのだとおもうのです。そこからしか、生きられないから。 
はじめて詩を書いたとき、なんとなく死にたい気持ちだったことを覚えています。矛盾しているように受け取られるかも知れませんが、それはすごく自分の生命が輝いた瞬間でした。 
今回のツアーでは、そのときの感覚を思い出しながらパフォーマンスをしました。そのせいか、自分が何をやったのか、実はあんまりよく覚えていません。ただ、目の前のお客さんの魂のようなものの中に入っていって、そこから自分の肉体と声を動かしていた記憶があります。 
これ以上は、言葉で表現するよりも、実際の作品やパフォーマンスを通して味わっていただいた方がよいかと思いますので、どうか、これからもよろしくお願いいたします。 



ゲスト出演をしてくださった詩人の大島健夫さん 
スタッフ、及び、一部飛び入り出演もしてくださった詩人の向坂くじらさん 
妻の講談師・神田京子と、我が息子 

この企画の言い出しっぺの自分に、奇麗事では済まされない大変な力を貸してくださったこと、大袈裟でなく一生忘れません。 
ともにステージに立って感じ、傷つき、笑い、力を出し合えたことは、これから自分が生きていく上での大切な財産です。 
本気で、最高のメンバーでした。ありがとうございました。 

そして、食事や宿を提供してくださり、会場への送迎まで快く引き受けてくださったホストファミリーのKさんご一家 

ほんとうにお世話になりました。 
震災のこと、詩や芸術のこと、子どものこと、人と人が関わるということ、たくさんのことをお互いが問いかけ合って、答え合って、考え合いました。 
そして、それらのことを、日々の暮らしの中で体言されていて、背中で教えていただいた気がします。 
いつか恩返しができるように精進していきます。ありがとうございました。 




最後に、このブログを読んでくれている”あなた”をはじめ、 
今回のツアーを応援してくださったいろんな場所で今を生きている 
すべての”わたし”に感謝を申し上げます 

ほんとうにありがとうございました 


愛してます 
また、会いましょう∞